Friday, April 30, 2010

Back to my regular days...

挑戦の4日間が終わりました。
最初の2日は思ったほど大変ではなく、リー君もきっとなんでママがいないんだろうと疑問に思っていただろうけれどワンワン泣いたりもせず。パパは日中大変だったみたいだけど。2日目位からパパの具合が悪くなって、3日目に送られてきた写メールに体温計で38度9分! パニック状態が走ります。リー君?パパ?どっち?!みたいな。 パパでした。 幸いリー君は今のところ鼻水だけ。先週のリー君の風邪がうつったのかな。とにかく、パニック状態なんだけど、研修中だし、すぐ帰れる距離でもないし。ごめん、パパ、踏ん張ってて!!!と心の中で祈るしかなし。 終了後超特急でリクエストの DAKARAZ (ポカリじゃなくて)を買い込んで家へ向かいました。かわいそうにパパはふにゃふにゃ。いつもは元気なのにね。9度台はしんどいわねー
そんなこんなで4日目最終日はリー君を連れて。疲れからか私も頭ががんがんに割れそうな1日。それでも地球は回る。皆さんはスタンバイしてる、私も頑張らないとと1日踏ん張りました。

たった四日間の研修。でも学んだことは数知れず。
リー君から完全に離れた最初の3日間。 何ヶ月ぶりかのゆっくりしたランチの時間、赤ペンとバインダーを前にノートをとる作業のなつかしさ。投げかけられたトピックに関して様々なバックグラウンドをもった方達との意見交換はとても新鮮でした。

前回の研修と遥かに違ったのは 外から集まってくる生徒への観点からでなく、我が子を持ち、この子にどういった教育を求めるか。という点。 わかりやすくいうと 人間は一人ひとり違い、学ぶ速さも量も反応の仕方も違う。語学を学ぶ場ではそういったいろいろなバーをもった子供達が1つのクラスに集まるということ。そして教育者としてその違いをまず受け止めることからすべてが始まるということ。
わかっていたつもりでも、実践できていたかどうか。。。

”ほめる” って何? これも大きな課題でした。
いろいろな説があります。行動をほめる、とか 名前を呼んでほめるとか。今回の指導では後者、生徒の名前を読んで褒めることの大切さ、意義の大きさ。でもこれがなかなかうまくいかない。褒めようと意識すればするほど見え見えの行動になってしまってこれでは褒められている方も、嬉しくない、というよりは褒められていることにあまり意味を感じないのではという意見が飛び交う。私にとって1日目に掲げられた課題で4日間の研修中模索し続けたことでした。

褒める
ほめるってナンだろう。どんなときに褒めると言う行動に出るだろう。 
自分自身の判断基準において望ましいこと、いいと思うこと、期待したこと、期待以上のことをしたこと とかを子供に前向きに伝えたいとき、私たちは褒める と思います。

逆に、どんなときに褒められたいだろう。
と考えたとき、面白いことが見えてきました。私たちは褒められるということが良いこと、嬉しいことだと認識してからは、自分の判断基準の中で良いと思うことをした時に、相手から褒めてもらいたいと思うのではないでしょうか。
例えば自分の中で80点は”良い点”の判断基準にあり、期待通り褒めてもらうと自信がついたり、もっと頑張ろうという志が芽生えたりします。
逆に80点が相手の判断基準からはずれ、褒められなかった場合、落ち込んだり、悔しがったり、純粋に疑問に思ったりします。

個人個人の判断基準は違うし、ましてや子供と大人では受け止め方も大きく違ってくるからこそ“褒める” “褒められる”ということはとてもsensitiveなことだと思います。


だらだらと書いたけれど。。。

褒める基本は 行動のすぐ後、相手の目をみて、その子の名前をよんでといろいろありますが、最も大切なのはなぜ褒めているのかという バーを相手と同じにしてあげること。相手の持っているバーを受け止めた上でそのバーを基準に褒めてあげることではないでしょうか。もちろん例外は数知れず、だろうけど 私の中では心から褒める ということはつまりそういうことなのかな と結論づけました。

ご意見、ご感想、 なんでも!お待ちしています☆



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